昭和から平成へ代わり闇金の取り立て方法が変わった

闇金解決相談員です。

前回は昭和の闇金について書かせていただきました。

今回は平成、つまり今の現実について書きます。

テレビや映画に出てくる闇金と言えばパンチパーマにシブサンかけた色見本帳のようなスーツを着ているチンピラを想像すると思います。

闇金ウシジマくんといったスタイリッシュなものもありますがやっていることは昭和のオイコラ営業です。

平成の闇金はそれまでのオイコラ、会社に殴りこみ、家のドアの前に「金返せ!」貼り紙からおおきく変化を遂げています。

それはより悪質老獪にそしてお金を貸さないという新しい詐欺を生み出したのです。

平成闇金は電話で被害を生み出す

今の闇金は昔の業者のようにピンポン鳴らして家に来たり、会社に押しかけたりすることはありません。

そんなことをすればその場で警察を呼ばれてしまうからです。

 

捕まれば長期の刑期になる可能性があり、リスクが高く、割にも合わないので昭和テイストなやり方はすたれてしまいました。

そのかわりに登場したアイテムが

 

電話

この便利なアイテムを使いこなすことで、まさに変幻自在に悪質行為を行いはじめたのです。おどくことにこのころの業者は固定電話で営業をかけていたのです。

事務所もあって、そこへ出社するという今では考えられないような時代だったのです。

 

そしてもう1つが、

 

インターネット

IT革命などと呼ばれ、ネットビジネスは個人でも簡単に広告収益がもらえる魔法のツールとして爆発的に広まっていきました。鼻のきく人たちはこぞって自分たちのホームページを作って広告バナーを貼り付けて収益をあげておりました。

ネット長者などと呼ばれるようになるのはもっと後の事です。

 

そして私はその時、もっとも恩恵を受けた業界が2つあると思っています。

その2つとは、

 

アダルト業者と闇金業者

です。

それまで彼らは集客と言えば雑誌かティッシュ配布などしかなく、ポストにDMを投函したりするしかなかったと記憶しております。

そこへ、ネットという新しい媒体が登場し、こぞって広告費を投下しました。

金田 幸夫
金田 幸夫
じゃ金田です。
当時、六本木にヤミ金広告だけを取り扱っている広告代理店が存在していました。
それは驚くほどの広告費を投下しており1カ月で30サイトほど、予算にして1億は下りませんでしたね。

その話し聞いたことがあります。
たしか○○○○ですよね?

すごい広告費でアフィリエイト業者のほとんどと知り合いだったというあそこですね

諒子
諒子

金田 幸夫
金田 幸夫
そう、よく知ってるね。
業界長い人でも知らない人多いのですが。

そうです、そんな時代もあったのですが今では違法ですから手を染めることは許されません。

スポンサーリンク

業者自体が気づいていたのかは分かりませんが、結果的にネット広告を普及させるスターターになったことは間違いありません。

 

事実、当時の広告代理店はどこもかしこも、アダルト広告、出会い系広告、金融広告などを当たり前のように取扱いしておりました。

今では有名なあの会社だって、最初のころは・・・という時代だったのです。

 

そういた背景をもとに新興の闇金業者が台頭してきたのはもう15年以上前だと思います。

ホームページを作ってネットで集客する方を中心にした新興系業者はおもに以下の手口をつかっておりました。

 

紹介業

 

紹介業とは、相談者が申し込みをすると、

「ウチでは融資出来ないが知っているところに口利きすることはできる。

ただ、そこの店長と私たちの関係だから特別にあなたに融資できるという話なので、融資をうけた際には謝礼金として融資額の3割をこちらに支払ってもらいたい。」

このように持ちかけ、最寄りのキャッシング会社に行かせて審査を受けさせるというものでした。

 

実際に、闇金との付き合いがあったのか?

これには諸説あるようですが、大抵の場合はキャッシング会社の店長と面識などはなく、申込者を行かせてみて借りられればラッキーといったようなカラクリとしては簡単なものだったようです。キャッシング会社は紹介屋と接点を持つことを嫌っていたので、店長とヤミキンが関係を持つという構図は一般的ではなかったようです。

 

折りしもこの時代、姫様をキャラしたCMやかわいいワンコのCMや不思議なダンスを踊っていたCMなど女性にも受け入れられるようなファッショナブルなCMを打ち出すことでそれまでの、

 

サラキン

というイメージを払しょくし、新規顧客層の開拓を行いたいキャッシング会社側と、自分たちで広告費を支払って集客した客を無駄にすることなく、キャッシング会社に流し込み売上にしようとした紹介屋の動きがが一致し、消費者金融業界全体が空前のバブルになったことも紹介業が爆発的にはやった理由の1つと言えます。

 

しかし、増えすぎた紹介業者はお互いで喰い争いになってしまい、生き残るため大きなグループに属すようになっていきます。

このころから闇金はグループを作るようになってきたと言われます。

 

複雑化してきた闇金組織

紹介業でこの世を謳歌していた闇金組織ですが、時代の流れと共にその手法が問題になってくるようになったり、ライバルが増えすぎてパイの取り合いになってくると、組織に新しい位置づけの存在が登場し始めました。

それがハウスと呼ばれる広告をまとめて扱う業者です。

 

ハウス業者とは広告代理店と闇金業者の間に入って手数料ビジネスで儲ける会社で、元闇金店長や元広告代理店と組んだ闇金オーナーなどが作っている組織でした。

 

ハウスの役割はこうです。

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闇金業者は横のつながりが無い、でもいい広告が欲しい

ハウス業者が仲介!

広告代理店はクライアントが欲しい、でも荒っぽい業者とお金でもめたくない

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業者のジレンマと広告代理店のジレンマ、そのどちらもハウス業者が介入することで、業界全体の売り上げが底上げされてみんなハッピーという図式です。

 

ではハウス業者はなぜでてきたの?

についてですが、長くなってしまったのでページを改めて書きたいと思います。

ハウス

金田 幸夫
金田 幸夫
ハウス業者についても突っ込むんですね。
このサイトに協力するようになって改めて情報量がすごいとわかりました。

闇金の歴史

かなりボリュームが大きくなってきたので闇金の歴史として記事をまとめました。

全てを読めば闇金業者の近代史が100%理解できるでしょう。情報は元広告代理店の方々やほかいろんな業種の裏事情を知っている人から集めているのでガチリアルです。

数は多いですがこちらから確認することができます。